【 舞台となる世界 − T 】

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《 プルガトリウムという舞台 》

 プルガトリウム、すなわち「煉獄」の名を持つこの地域は、かつてヨーロッパと呼ばれていた地域です。当時せめぎあっていた各国は今の時代では存在せず、各地には、古き時代から残る石と鉄の遺跡が、自然に飲み込まれながら墓標のように存在しています。それらは『レムナント』と呼ばれ、古代文明のかつての栄光と、今の世界が古き神に滅ぼされた大地だという事を知らしめます。

 今、この地域は、『カヴェル教国』という神権政治体制にある国家によって統治され、教皇によって独裁支配されています。

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《 カヴェル教団と開祖マモン 》

 カヴェル教国の中核であるカヴェル教団は古代文明の崩壊後に興った宗教組織であり、偉大な開祖『マモン』によって礎を築かれました。マモンはかつての文明の知識と叡智を『デミウルゴス』から信託された預言者であり、「この世で最も偉大なる人」と讃えられます。マモン率いる教団は、文明崩壊によって石器時代に戻された人々に最も早く鉄の道具を与えた事で絶大な支持を集め、短期間で最大規模の集団となりました。

 そして大集団の生活を安定させるために貨幣経済を復活させ、その地盤を絶対的なものとします。マモンは叡智だけでなく奇跡を人々に見せたといい、その奇跡あればこそ、カヴェル教団は国家として勃興するまでに規模を拡大できたといわれます。建国時に旧ヨーロッパをプルガトリウムと命名したのもマモンでした。

 マモンは険しい山岳地帯である聖峰ヴェルハミスの中心に、現首都である『パンデモニウム』という都市を築き、その完成直後に後継者を示して没したとされます。その遺体はヴェルハミスの何処かに建設された廟に埋葬されたと言われますが、その場所は極秘とされ、建設に関わった人夫はもろとも初代教皇とともに埋められたとされています。廟の場所は口伝としても伝えられず、教皇が新たに就任した時、教皇はのその夜の夢でマモンの魂と邂逅し、廟の場所を知らされるとされます。

 現在、教国率いるプルガトリウムの文明規模はルネサンス期に相応する時代にまで復興を成しました。しかし、初代教皇没後は教国の腐敗ははだはだしく、時代が下るにつれ腐敗の規模は桁を増し、プルガトリウムの大部分を支配した圧倒的な武力は今や外敵よりも民衆に向けられ、栄光への帰還を待つ場所である「煉獄」は、今や、栄光が奈落の影に飲まれる「地獄」もかくやという凄惨な様相となっています。

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《 教団の欺瞞 》

 カヴェル教団の発足は、古代文明滅亡以前から主流であった大宗教への反抗から始まりました。教団は滅んだ古代文明を『楽園』と呼び、楽園の崩壊を招いたのは大宗教が崇拝する主神であり、その主神を以下のように糾弾、断罪します。

  「人々が幸福な生活を享受する事を許せぬ者。言葉巧みに無垢な人々の心を掌握し、ついに楽園の崩壊へと導きし者。残された我らを笑いながら去っていった者。すなわち偽りの悪神なり。」

 再び悪神に騙されるという過ちを繰り返さないために、封印していた『叡智』を開放し、マモンに信託した真なる神こそが『デミウルゴス』なのだと説きます。

 こうした「神話」から、教団は『叡智』を最も尊びます。叡智あればこそ、かつてのように悪神にたぶらかされる事はなく、再び楽園を築き上げ、かつての栄光と幸福を生前も死後も皆で永遠に享受しあう事ができるのだと。

 しかし、教団の『叡智』とは、各々が考え、疑い、精査し、真実を求める事ではありません。教団においての『叡智』とは、デミウルゴスからの信託に従う事に他ならず、その信託は教皇のみが受ける事ができるものです。教皇を神と同一視させ、徹底的に思想教育を行い、統制する――それが、カヴェル教団発足時から変わらぬ絶対の教義なのです。

 教団は大宗教の主神の名を「残してはならぬ名」として徹底的に貶め、忘却の彼方に追いやる事に成功しました。「残してはならぬ名」を持つ神について調べる事は、再びこの世界に悪神を呼びこもうとする禁忌とされます。  



【 舞台となる世界 − U 】

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《 国内の状況 》

 教国の内政状況は破綻しているといっても過言ではありません。人口の大半は貧しい農奴達であり、そして国内にある資産の大半が、人口比で1%にも満たない層に集まっています。貧富の差そのものは、独裁体制下であればよく見られる光景ですが、教国の場合、支配者による搾取が公然と肯定されている事で、国中の守銭奴達が活発に搾取を行っており、深刻だった汚職はさらに爆発的に悪化の一途をたどっています。

 この歪みによって、都市部は一時的に急発展しつつも、貧しき村々は圧政からの飢えに苦しめられ、全国各地で暴動が繰り広げられ、結果的には長期的な都市の発展を阻害しています。それらの暴動は、領土を教皇より貸し与えられ統治する貴族たち率いる騎士団によって無残に蹂躙され鎮圧されていますが、その貴族達による反逆も日常茶飯事となっています。

 しかし、反逆を企てる権力者は決起前に変死するなどして、致命的な一打を教国に与えるには至りません。暗殺は当然疑われますが、偶然という他ない状況での変死も相次ぎ、教皇を狙った暗殺計画も同様に「偶然」回避され続ける事で、教皇が神から神権を与えられ、その加護があるという畏怖は、不満と反比例して日増しに高まっていく一方となっています。

 「富む者が富む事は、叡智を害する欲に溺れる民の罪を背負う自己犠牲の美徳である。

  その者は大罪に負けぬ叡智を持つ者であり、背負う罪もまた赦される。」

 支配者達の支配者たる教皇が信託とした上記の言葉が、理不尽に歪みきった国内情勢を象徴するものとなるでしょう。勿論、大半の民衆からは詭弁として受け止められており、搾取する側にとってもそれを信じている者はろくにいません。ただ欲に溺れる事が事実上正当化される信託の旨味に乗っているだけなのです。

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《 魔女という脅威 》

 肥大した帝国の宿命の如き波乱の中にある教国ですが、国力だけでは説明できない不可思議な「偶然」によって幾度もそれらの危機は乗り越えられていました。しかし過去に一度、教国は滅亡の淵にたった時代があります。それが『魔女戦争』です。

 『魔女』は突如、教国に出現しました。『魔女』出現以前の異端者集団は、過酷な環境や圧政からの逃避としてデミウルゴスを冒涜する反抗のためだけの悪魔崇拝が主流でした。教団の教義においての悪徳を美徳とした、嫌がらせにしかならぬ犯罪を行うのみの杜撰なカルト宗教は、武力も統率もなく、暴動を起こす集団の1つにしか過ぎなかったのです。

 しかし、その雑多な組織の中に『魔王アスモデウス』を崇めるカルトが現ました。アスモデウスを崇拝する信者は『魔術』という超常の力を行使し、鎮圧にきた騎士団を待ち伏せ、これを壊滅せしめました。『本物の魔女』の出現は、教国にとって青天の霹靂となり、プルガトリウムを震撼させました。

 鎮圧部隊壊滅の報は瞬く間に教国全土へ走り、教国の圧政に苦しめられていた大多数の貧民に火をつけ、カヴェル教団がそうであったように、アスモデウス教団もその勢力を一気に拡大し、『魔女』に支援された暴動と反乱が教国を飲み込む勢いで荒らし回りました。

 そしてついに、カヴェル教団とアスモデウス教団の総戦力がぶつかりあう決戦へと至りました。この戦いは当初、アスモデウス教団が優勢でしたが、『魔女』との戦いの中で『魔術』に対抗する術を見つけ出した者達や『啓示の夢』にて覚醒した『神子』の出現に至る事で戦況は徐々に覆され、アスモデウス教団の主力は致命打を受けました。この結果、全土の反乱軍は鎮圧され、逃げ落ちた『魔女』達は追撃を受けて数を減らし、果たしてアスモデウス教団は敗北を喫し、『魔女戦争』は終結したのです。

 しかし、『魔女』との戦いは終わってはいませんでした。否、新たな戦いの始まりだったのです。アスモデウス教団は敗れましたが、奈落に鎮座する魔王は健在なのです。『魔女』の動きは明確に変化し、直接的な戦闘は避け、堕落の誘惑をしかけて裏から教国を乗っ取るという戦術に切り替わったのです。また、アスモデウスとは別の魔王崇拝教団が、やはり『魔女』を伴って発生し、それら魔王の軍勢は、互いに敵対しながら、疲弊した教国を今度こそ滅ぼすべく虎視眈々と機会を狙っています。

 教国は『魔女戦争』には勝利しましたが、依然として『魔女』によって滅亡の淵にあるのです。

 



【 舞台となる世界 − V 】

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《 吹き荒れる差別 》

 教国内は様々な差別で溢れており、人権意識というものは未だに復活していません。代表的なものとしては「宗教差別」「階級差別」「性差別」があげられます。

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● 宗教差別

 信仰の自由はもちろん存在せず、カヴェル教以外の信仰は異端として全面的に禁止され、魔王信仰でなくとも異教徒は異端者として異端査問官に裁かれる事となります。

 カヴェル教内部でも叡智の扱いをめぐって様々な派閥が存在していますが、教皇の神権を肯定し恭順する派閥がやはり多勢を占め、教皇と神を結びつけ信託に依存するのではなく、自立的な賢者としての叡智を求める派閥は危険思想として弾圧されています。

 しかし民衆が望む叡智のあり方は後者であり、支持者からは『清教徒』と呼ばれています。表向きは教皇支持でありながら、その実は清教徒としての信仰を持っている信徒は着実に増えていると言われています。もっとも、清教徒達が異教徒に寛容であるかは別の問題なのですが。

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● 階級差別

 この国の構成層は教皇を頂点とする7段階の権力階級に分けられており、その階級格差による支配と被支配は前提として絶対とされています。この階級格差は生まれついた家柄でほぼ固定され、上位の階級に行く事は非常に困難を伴います。親の仕事を子が継ぐ事も常識として浸透しており、職業選択の自由もほぼ存在しません。

 例外として、婚姻と後見人制度が存在します。階級差のある者たちが婚姻した場合、下の階級の家柄は上の階級と同等にまで引き上げられます。これは貴族たちが資産を守るためによく利用していた制度が今も残っているもので、階級突破を狙うならば玉の輿を狙うというのは当然の事とされています。大貴族は教皇選択の投票権を、枢機卿は教皇候補としての権利を持つため、誰もが教皇へ近づこうと政略結婚を狙っており、流血沙汰になる事は全く珍しくありません。しかし玉の輿が成っても「成り上がり」として侮蔑を向けられる事は避けられません。

 後見人制度は、後見人となる者が〈客分〉として別個人を自身の家計の一員として受け入れるもので、後見人が許可すれば元が奴隷階級であっても〈客分〉として認められます。ただし〈客分〉はあくまで個人にとどまるもので、その家族の家柄には全く変化はありません。また、後見人と同等の権力は持ちえず、仮初の権力も後見人の気まぐれで消えてしまう砂上の楼閣なのです。

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● 性差別

 教国内は典型的な家父長制であり、権力は男性が持つものとされています。権利において女性は圧倒的に不利であり、男性に逆らわず従うものという抑圧下にあります。事件に巻き込まれ被害者となっても、夫や父親の財産を傷付けた程度にしか扱われません。多くの女性の安全は、そうした家族の男性という後ろ盾に依存しています。

 ただ、昨今の逼迫した国内の経済状況において、商才ある者は性差の壁を超えて求められており、その証明が果たされれば、女性であっても男性並の権利が特別に認められるケースも増えてきています。

 性愛に関して、同性愛は禁忌とされ、発覚すれば死罪が言い渡される程に社会の風当たりは苛烈です。このため同性愛者は独身を通したり偽装結婚をするなどして隠れ過ごしています。異性装者もこうした保守思想に沿わないものとして、同様に禁忌とされます。しかし、権力者であれば公言はしないものの、愛人を〈客分〉として囲い込み、公然の秘密として黙殺される事も多々あります。この風潮は支配階級で根付いており、そうしたスキャンダルは陰謀劇にて獲物の傷を広げるために利用されます。

 単純な権力欲ではなく、禁忌の性愛と偏愛を楽しむ支配階級の放蕩に憧れて上位の階級を狙う者は多くいます。そうした嗜好の者達は『魔女』にとって最高の獲物となり、教団を滅ぼす亀裂の1つとして作用しています。  



【 舞台となる世界 − W 】

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《 階級に見る犯罪意識 》

 教国の胃袋を支える大多数の低市民階級、その産物を商品として昇華させる中位市民階級、その取引にて主導的立場となる高位市民階級。彼ら市民階級は支配階級からの開き直った搾取的体制に甘んじなくてはならない立場にあり、時には犯罪に手を汚さねばならない事もあります。その中の代表的な犯罪が「賄賂」と「密輸」です。

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● 賄賂

 賄賂は教国においては必要悪の文化として食い込んでおり、改善が極めて困難となっています。戦争の荒廃と支配階級の腐敗は、様々な悪法を利用して市民階級から財産を多く奪っていき、彼らの生活が困窮する主因となっています。そうした環境ではまともに生活費を稼いで維持していく事は困難であり、その不足分を補う必要性が出てきます。

 そこで行われるのが賄賂の要求であり、その賄賂なくば治安に携わる官憲すらも生活があっという間に困窮してしまいます。このため賄賂の要求は厭われつつも全体として許容せざるを得ず、特に都市部に住む中位市民階級がもっともその餌食となっています。賄賂を取られれば今度は自分が別人に賄賂を要求し、それを生活の補填とする事で家庭は維持され、それが世代を超えて続く事で、賄賂という犯罪は、それを多く取れる人ほど甲斐性があるといという美徳に成り上がっているのです。

 この賄賂は支配階級においてはもはや取り締まるべき犯罪としてはもはや扱われず、隠すものではない域にまで浸透しており、なにかにつけて贈呈品が必要となり、賄賂を多く払った貴族は人脈をもった金持ちの証としてステータスとなります。このため、社交界は汚職の話題で花開き、そして国内の腐敗はより進行していくのです。

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● 密輸

 官憲が賄賂を取らなければ生活していけないという状況は、必然的に治安の急激な悪化をもたらします。治安が悪化すれば犯罪を取り締まる事はより困難となり、そして見過ごされていきます。その治安の悪化を利用して莫大な利益につなげる商売が密輸です。

 密輸は取引に関わる法律や条例を無視し、そして様々な税金も無視します。徴税に関わるため、発覚すれば重罪が言い渡される犯罪ですが、時にそれは黙認される状況もあります。それは単純に生活必需品の不足による需要の高まりにより、密輸が集落の生命線となってしまうほどに経済が悪化した時です。こうして時折発生する闇市は集落の延命のために黙認され、それがいつしか根付いてしまう事もあるのです。

 密輸は様々な階級の者たちが連携して行います。低位市民階級が密輸品を運び、高位市民階級が密輸品を隠し、中位市民階級がそれを売り出し、支配階級や官憲はそれを黙認するために賄賂を求めます。そしてそれが発覚し、黙認にとどまらなければ、密輸の実行犯である低位市民階級や実際にそれを売り出した中位市民階級がスケープゴートとして処刑場で吊るされる事になるのです。

 密輸は大半が組織的犯罪であり、集落の有力者が絡んでいます。個人単位での密輸はまず成功せず、成功しても現地の密輸組織の縄張りを荒らしたとして制裁の対象となります。

 密輸品の中にはそれを取り扱う事そのものを罪とする禁制品もありますが、禁制品が密輸の商品となる割合は全体からみれば極わずかです。ですが町や都市における麻薬の需要は高く、その価格は高騰し、利益率は一般の密輸品と比較して桁違いとなります。

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 これらの犯罪は生活のためにやむなく行われる事が大半です。そのため、賄賂を持ちかけられてこれを断れば、家庭のために賄賂を必要とする者から逆恨みされてしまいますし、また共犯者としての踏み絵を求める有力者からは敵対とみなされます。こうして発生する逆恨みは後々に理不尽な復讐劇と悲劇を生み出します。

 ただし、賄賂を渡せば彼らは同族意識を持って接し、賄賂が絡む取引において誠実となります。賄賂で生活を維持する彼らは、賄賂を受け取ってこれを反故するような事をすれば、社会的に信用を失ってしまい、自身が窮地に陥る事を知っているからです。

 賄賂を払うか否か。皮肉ですが、教国ではそれが信用を生み出す重要な起点となるのです。  

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